2019年、改めてよろしくお願い申し上げます。年頭にあたり、長文ですが自分の思いを記させていただきます。4月の愛媛県議会選挙に通ることだけが目的ではなく、その先の政策という部分で貢献をしたい。愛媛県の人々、つまり、自分の隣の人や親戚の親戚の親戚や友人や友人の家族のために、その子ども、孫のための未来のために働くこと。これが目標です。愛媛の明日を作っていく、その一歩目を一緒に踏み出せるよう覚悟を持って邁進してまいります。どうぞ、よろしくお願いいたします。
目指すこと・・・愛媛の明日を作りたい
①課題の発見→アイデア→実行まで。愛媛モデルで日本・世界をよくしていくこと
②全ての中心に「愛媛人」をおいて動かしていくこと。
③漠然とした不安から安心・安全を感じ、可能性を感じる愛媛の姿にしていくこと
<これまで>
私は高校まで愛媛で育ち、大学から東京に出て、そのまま東京で就職し、仕事をしていました。いわゆる典型的な「地方出身の若者」でした。東京に出て、就職し、いつか老後に愛媛に戻ることがあるのかもなあ、くらいに思っていました。また10代、20代と全く政治に無関心な日々を過ごしてきました。目の前のことを考えることが精一杯で、会社に入ってからは一日一日を乗り切ることだけで必死でした。
<政治を目指したきっかけは仕事を通じて・・・東日本大震災>
2011年東日本大震災が発生。当時、東北の新聞社さんと仕事をしていましたが、すべての仕事が止まりました。また東京も大きく揺れ、本当に怖かったです。そして、東北の人たちの物理的ダメージ、心的ダメージの大きさを見て、何かできることはないか、何をすべきなのか、と悩みました。現地を見なければわからない、と思い4月16日、仕事が終わってから会社の先輩と車を借りて一晩かけて東北道を北上し、宮城県石巻市、女川市に飛び込んでいきました。そこには想像を絶する光景が広がっていました。まだライフラインも復旧しない中、現地の方に「自分のできるやり方で力になってくれ」と言われました。この言葉を胸に会社に戻り、地域プランナーとして被災地復興支援プロジェクトを立ち上げました。被災地に色彩を取り戻す、人が交流する、被災地の「いま」を伝える、といった活動が始まり、自分が退社する2018年まで東北に通いました。そしてそのプロジェクトは現在も、多くの仲間たちとともに今も進んでいます。復興に向けて頑張る地元の人々と共に活動しながら、あれほどの悲劇にあいながらも、それを乗り越えようと奮闘している被災地の人々の姿に感銘を受け、同時に、改めて自分の地元である愛媛のことを考えることが増えていきました。
<政治を目指したきっかけは仕事を通じて・・・地方消滅・地方創生という言葉の中で>
震災復興とともに、時代に「地方創生」という風が吹き始めました。私もその流れに乗り、愛媛の活性化に貢献しようと、松山市の事業をサポートしたり、デザインウイークを松山に持ってきたり、地元の企業を助けたりするようなことをやるようになりました。また、「地方創生に繋がる事業を考える」というテーマのもと、震災の影響で一気に高齢化率が上がり、まさに地方消滅の状態に陥っているある地域に何回も足を運びました。そこで得た正直な感想はそこまで進んでしまうと「すべてが難しい」。です。何かをするにも、何かをしないにも、超高齢者のみで行う必要がある。若者は戻ってこない。物は流通しない。今はまだ、近隣の町が元気であればサポートもできます。しかし30年後、隣もその隣もそのような状況だとすれば・・・全国でこれが広がるのか、と思った時、強い危機感、恐怖感を持ちました。
<政治を目指したきっかけ・・・・・さらに、子どもを育てる立場になって>
2013年に息子が生まれました。その時に初めて、これまで育ててくれた親のありがたさが、本当に身に染みました。どんなに偉そうに言っていても、いままで家族や社会に生かされて、活かされて、いまの自分がいて、妻がいて、この息子がいるのだ、と思いました。それまで気にとめなかった環境問題や、教育の問題が、自分のこととして思うようになり、次の世代にどうつないでいくのか、どのような状況でこの子たちは成長していくのか、いままで考えたことのなかったことに関心を持つようになりました。
<地域が持つ可能性>
東京で暮らし、働く中で首都圏中心の考え方に違和感を持つこともありました。
地方が成長する必要があるのか、そこに予算を割く必要があるのか?=地方は緩やかに消滅してもやむを得ない。と言ったことを直接言われたことも何度もあります。
田舎から出てきて、効率よく、集中して住めばよいではないか、と。その人たちにとって、地方は遠い存在で、例えば自分に必要な地方(観光地やリゾートなど)は勝手に残っていくイメージなのだと思います。同じ日本に生まれ育ち、東京も地方も簡単に人が行き来する中で、地方も成長していかなければ首都圏が繁栄することも難しい、というところまで繋がらないと感じました。
一方で北海道の新聞社さんと、北海道の外の人に魅力を伝え、来てもらう、また北海道の人も外に出ていく、という仕事を4年間ほどに渡り取り組んできました。北海道の情報を伝え、モノを売り、道外、海外から来てもらう、北海道から行く。その仕事で得た実感は、日本の地域の魅力をしっかり伝えることで、人もモノも動く、という手ごたえです。
世界から見れば「TOKYO」「OSAKA」「HOKKAIDO」も一地域です。我々が「ローマ」「ミラノ」「ナポリ」「ベネチア」と聞いてどれもイタリアの都市だね、と思いますが、それぞれ人口287万人、135万人、26万人と都市の人口規模は全く違います。ローマの人からすると、ベネチアと横並びにするなよ!と思うかもしれません。が、受け手は一緒です。「EHIME」も十分伝え方で人がくる、と思っています。
<政治>
遠い存在、興味のなかった政治、が実は生活に密着してくる、これからの将来のためのルール作りや投資なのでは?と思い始めたのはこれらのきっかけからでした。いまから、できることをやっていかなければ、きっと20年後、30年後、なんでこうなっているのだ、と自分は後悔する。自分を育ててくれた、子どもたちに繋ぐはずの愛媛は、日本は、がなんでこうなっているのだ、と。
愛媛の遠い将来を変える ではなく、明日を、本当に今からを変える必要がある、という思いから「愛媛の明日を作りたい」というキャッチコピーをたて、チャレンジすることにしました。
<自分にできないこと、できること>
これまで大学を出て以来、年に数回帰ってくるだけで、愛媛に地盤も人脈もありません。ちょうど帰ってきてから1年間という短期間での選挙となり、他人から難しいと言われることも多いです。
「本当に、中野たいせいに賭けていいのか?」と、不安に思う方も多いと思いますし、そんなヤツ知らないし、と思うかたしかいないと思います。誰よりも私自身が、まだまだ未熟な自分に対して、不安に思わないといえば嘘になります。
しかし、自分はそれ以上に、このままでいいのか、という不安が大きく、それは、皆さんも一緒なのではないでしょうか。30年後に地方消滅と言われる中、待ったなしで取り組んでいかねば、自分たちの息子や皆さんの孫の世代の愛媛はない、という危機感、不安。自らの不安より、大きな不安、大きな問題をなんとかしなければならない、という一念で政治に向かっています。その分逆に、自分のできること、愛媛の為になること、を考えるようにしています。
東京にいた分、外の眼で客観視すること、愛媛で育った分、故郷に対する内側の眼で、住む人間の観点で物事を見ること。何か事を起こすときに一緒に動いていける心強い仲間が、東京だけでなく全国にいること。これまでの経験で、現場に飛び込んで物事を考え、動かすこと。
愛媛の現場で起きていること、困っていること、その先端に入っていきたい。
いま、必要とされることに取り組んで行きたい。これらの思いから愛媛のために働きたと思います。
<愛媛モデルで世界を良くする>
「愛媛の明日を作りたい」愛媛にも、他の日本の地方都市同様、様々な課題があります。
①課題の発見→アイデア→実行まで。愛媛モデルで日本・世界をよくしていくこと
②全ての中心に「愛媛人」をおいて動かしていくこと。
③漠然とした不安から安心・安全を感じ、可能性を感じる愛媛の姿にしていくこと
産業振興、教育の充実化、新たな観光資源の開発、少子高齢化への対策、外国人労働者の受け入れ、障がい者の支援、災害への備えなど。これらの課題に、1つ1つに向き合い、できることから確実に実行していく。大事なのは、アイデアと実行力です。まず、「愛媛をよくするアイデア」があるか。そして、もっと大事なのは実行力です。言うだけ、考えるだけではなく、確実に実行していく。電通という会社で仕事をしてきたことで、実行力の大切さを強く感じています。
<具体的な分野>
地方都市にいることで「チャンスが減る」と感じることほど、やるせないことはありません。一方で「チャンスが増える」ことは何か、も探す必要があります。スマートシティ、シェアリング、キャッシュレス首都圏で流行ることも一つの正解ですが、では愛媛で、高齢化の進む地方都市で、どう進めていくのか。そこにこだわって取り組んで行きます。
愛媛のブランドの明日を作りたい -産業振興・観光開発
「愛媛産には愛がある」分かりやすく、素晴らしい表現だと思います。道後温泉、ミカン、と続いて外から愛媛を見たとき、どのように伝われば、来てくれたり、愛媛産品を買ってくれたりするか。かつて調査事業で首都圏20代女性に愛媛の印象を尋ねたところ、愛媛は「未知の世界」「印象はポンジュース」と返ってきました。愛媛の魅力を語り動かすにはどうすればよいのか。商品開発、販路開拓を通じ、愛媛の産品が地域を語ることができれば・・いろいろなアプローチがあります。
例えば・・美的×ブラッドオレンジの開発
https://www.biteki.com/life-style/others/346195
現在、東温市の柚子を使ったビールを仕込み中です。
教育、若者の明日を作りたい
政治への興味、参加が少ない10代、20代。利用されそう、怪しい、そもそも接点がなく興味がない。自分もその一員であった反省から、学生たちと議論を重ねています。
愛媛県の学生が政治に興味をもって自主的に動かしてく、学生の目線で県政に声を上げていく、というボクラノアシタという活動がスタートしています。
進路相談のセミナーなども開催していますが、若者が愛媛から飛び出て、何かを持ち帰ってくる。愛媛で仕事を作る。自分の姿で示していきたいと思います。
2018年11月知事選挙での、18・19歳の投票率が27・00%。(18歳は37・81%、19歳15・47%)。
愛媛県外に住む松山市出身者の U ターン意向調査
松山市へのUターン意向については、「今のところ松山市にUターンするつもりはない」 が 47.6%で約半数を占める。その一方で、約1割の回答者が「松山市へのUターンを予定 しており、その時期もほぼ決まっている」としており、また「時期は決まっていないが、 いつかは松山市に戻りたい」とする回答者も 42.3%にのぼる。
https://www.city.matsuyama.ehime.jp/shisei/keikaku/chihososei/konwakai2.files/sanko3.pdf
障がい者の方の明日を作りたい
現在、障がい者スポーツの発展に向けた活動を行っています。東京では2020を見据え「パラ競技への関心が高まり、バブル状態だ」と言われました、が、愛媛ではそのような実感は持ちえていません。スポーツに限らずですが、障がい者の方々の現状を知り、必要な支援を行う。知る、参加する、支援する、の輪を広げていきます。
厚生労働省による、県と市町の障害者の法定雇用率は2・5%。
愛媛県の実際の雇用率は、知事部局が1・25%、公営企業管理局が1・03%、県教委が1・60%。
全国障害者スポーツ大会 都道府県によって、個人競技で前年度全国障害者スポーツ大会に出場した選手が出た地区からは、その開催年の全国障害者スポーツ大会には、出場させないとの選考基準もあり、愛媛県の場合3大会連続出場できないというルールが存在します。
農業の明日を作りたい
南予でのボランティアを通じ、また、地域を歩いて話す中で、農家・農業の重要性を痛感しています。関わる方、面積が非常に大きい。また、やはりミカンといった地域を代表する産物で地域経済が回っている。しかし、災害への対策や後継者問題、また高齢の方が多い中で、一部先進的に進むようなデジタル化、IOT化は急進的にはいかないと思います。地域の農家の人たちと話し合い、デジタルを導入できる部分は手伝いながら、20年、30年後、この土地はどうなるのか、この物流はどうなるのか、を作り上げていきたいと思います。
就業人口に占める農業者の状況
平成 27 年の本県の第1次産業就業者数は 47,194 人で、全就業者数(642,741 人) の 7.3%を占めているが、平成 22 年と比べて、10.0%(5,236 人)の減少。
このうち、農業就業者数は 39,871 人で、全体の 6.2%を占め、国全体(3.4%) に比べ、構成比で 2.8 ポイント高い。また、第1次産業就業者数の中では 84.5%を 占めている。 なお、本県の人口は全国の1.1%を占めているが、全就業者数では1.1%、第1次 産業就業者数では 2.1%、農業就業者数では2.0%を占めている。
平成 27 年の販売農家の農家人口は 79,736 人で、平成 22 年と比べ 27,170 人(25.4%) 減少しており、男女別にみると、男は 39,436 人で 13,002 人(24.8%)の減、女は 40,300 人で 14,168 人(26.0%)の減と男女ともに減少傾向が続いている。 年齢別では、65歳以上の者が 36,976 人と、平成 22 年と比べ 6,788 人(15.5%)減 少しているが、農家人口に占める割合は 5.5 ポイント増加して 46.4%となっている。 なお、65歳以上の占める割合の全国平均は 38.6%であり、本県はこれを 7.8 ポイン ト上回っており、高齢化が進んでいる状況にある。
平成 29 年度の 40 歳未満の新規自営就農者は 80 人で、その内訳は新規学卒者 24 人 (短大・大学卒 22 人、高卒 2 人、中卒 0 人)、Uターン 38 人、新規参入者 18 人とな っており、前年の新規就農者数と比較すると 5 人増加している。(新規学卒者:4 人増、 Uターン:8 人増、新規参入者:7 人減)
https://www.pref.ehime.jp/h35100/documents/30doukouhen.pdf
地域コミュニティの明日を作りたい
例えば、愛媛県は空き家問題で日本ワースト2位という不名誉な位置にいます。
具体的に、とある地域で、移住定住を促進するプログラムを検討しています。その動きを大きくしていくには、行政的支援がゆくゆくは不可欠です。
地域の定住人口・関係人口を増やすために -
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/chiikimiryoku_souzou/h30-09-26-shiryou3.pdf
国土交通省 国土政策局 平成30年9月26日
女性・子育ての明日を作りたい
愛媛の遊び場、自然という観点ではとても恵まれています。しかし、例えば、雨の日に遊びにいく場所の選択肢がなかなか無い、など「いま、これから」子育てをしていく人たちにとって、政治の観点から何が役にたって支援となるのか。身近な声を聴き、提言していきたいと思います。
育児ストレスを抱える女性の心身面でのサポートを行えないか、シングルマザーの方への支援を行えないなど議論をしていきます。
平成30年度 愛媛県教育基本方針・重点施策
https://ehime-c.esnet.ed.jp/soumu/kikaku/houshin/30houshin.pdf
働く女性の86%「管理職なりたくない」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37995070Q8A121C1LA0000/
全国学力テスト 18年度県内「上位水準維持」小学校9位、中学6位
3教科(全調査区分)で全国平均以上となったのは愛媛を入れて7府県で「上位の学力水準を維持できている」としている。
https://www.ehime-np.co.jp/article/news201808010086
愛媛の子供と行きたい遊び場10選
https://comolib.com/features/612?page=1
女性のストレスオフ、愛媛県
↓どう政策につなげていけばいいのか、愛媛の活性に繋がるのか掘り下げがいがありそうです。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000077.000018482.html
愛媛におけるデジタル・ITの活用の明日を作りたい
デジタル、AI、IOTが進んでいく、といっても実際に「愛媛の人」がどう使いこなしていくか。理想と現実の大きなギャップがここにあります。スマートフォンを使いこなすところから、高齢の方はまずハードルがあります。デジタルの利便性を受けられる世代を増やす、幼少のころからプログラミングなど基礎レベルを上げるといったことが必要に感じます。
2017年スマートフォン 都道府県別保有率(総務省)
1位 神奈川県 81.7% 2位 東京都81.0% ・・・43位 愛媛県65.1%
平成29年 通信利用動向調査報告書 (世帯編)
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/pdf/HR201700_001.pdf
災害対策
東日本大震災以降、7年間東北を歩きました。災害発生時、長期避難時、目まぐるしく必要なことが変わります。岩手の人々は「津波てんでんこ」という、命を守る言葉を世代を超えて繋いでいます。南海トラフが起こった時。南予が被災した時。松山を拠点にどう動くのか。松山が被災した場合、どう対処するのか。現地で得た経験、ネットワークをお伝えし、備えていきたいです。
スポーツ・文化の振興
スポーツ・文化の振興は人が交流し、発展する要素になりえます。
例えば、人口あたり一番芸術家が多い街松山、といった話題があれば、アートな街、行ってみたいと思うような気もしてきませんか?
四国では香川県が10万人あたりの芸術家数で上回っています。
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/seisaku/15/03/pdf/r1396381_11.pdf
環境問題
子どもが生まれ意識することが多くなった、環境について。卵アレルギー、小麦アレルギー、野菜アレルギー、寒暖差アレルギー・・・様々なアレルギーに悩まされる子どもたちを見て、環境問題の根深さを感じます。空気中や食べ物に何が含まれているのか。プラスチックをどうしていくのか、いまは海洋プラスチックが“関心事”ですが、前に遡ればPM2.5、ダイオキシンなど取り巻く環境問題は解決に向かって進んでいる訳ではありません。どのような愛媛を後世にパスしていくのか。例えば小型焼却炉ダイオキシン類簡易削減技術(えひめ方式)といったものもあり、愛媛モデルの深化で世の中に貢献できる分野でもあるかもしれません。
様々な分野について4月の選挙戦まで、できるだけ多くの方とお話し、議論し、意見を聞き、より具体的な政策を練り、愛媛ならではの解決策を探していきたいと思います。
愛媛で成功事例を出して、その事例を愛媛モデルとして日本に広めていく。
そうやって世の中を変えていきたい、というのが目標です。
最後に
「個人的なリスク」を減らす、という観点では、下記のような制度を「利用」できればよかったのかもしれません。しかし、それを待っているのではなく、自分はこのような制度を引っ張ったり、作ったりすることで、より愛媛の活性につなげたい、という目標から、会社を辞めて愛媛に帰ってきました。
地域への入り口「関係人口ポータルサイト」
「関係人口」とは?
「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉です。地方圏は、人口減少・高齢化により、地域づくりの担い手不足という課題に直面していますが、地域によっては若者を中心に、変化を生み出す人材が地域に入り始めており、「関係人口」と呼ばれる地域外の人材が地域づくりの担い手となることが期待されています。
総務省HP http://www.soumu.go.jp/kankeijinkou/discription.htm
政治が本当に愛媛をよくするのか。自分も初めてで、その場にも立っていないので分かりません。
しかし、何かを変えなければ、このままではいけない、という思いは、多くの方と話していて共感していく気持ちです。何とかせねば。皆さんの心の中にある、その気持ちを形にしていけるかもしれない。2019年、年号が代わり新しい年になります。新しい年に、新しい風を皆さんと県政に送り込んでいきたい。4月まで積極的に様々なイベントもしかけ、また地域を歩いていきます。
地盤も何もない中で、不可能だ、無理だ、とおっしゃる人も多いです。自分もずっと不安のまま、4月を迎えると思います。
その中で、不可能を可能に変えていくのが、政治の役割なのでは、という予感を胸に頑張ります。
皆様の応援で、愛媛のために働くチャンスを掴みます。よろしくお願いします。
2019年1月1日 中野たいせい
<略歴>
1982年10月20日生まれ(36歳)愛媛県松山市生まれ。新居浜市・宇和島市と転居し、宇和島市の鶴城幼稚園を卒園。宇和島市立明倫小学校入学。小学 5 年生時に松山市立石井東小学校に転校し同校卒業。愛光中学・高等学校卒業。
2006年3月 東京大学教育学部 卒業
2006年4月株式会社電通 入社、2018年3月 同社退社
2018年4月愛媛にUターン
5月株式会社KIRI(キリ・地域活性化コンサルティング会社)代表取締役
NPO DESIGN ASSOCIATION
JAPAN DESIGN WEEK地方創生プロジェクト チーフプロデューサー
好きな作家は、椎名誠・夏目漱石・ドストエフスキー・村上春樹・司馬遼太郎
妻、息子、ミニチュアダックスフンドの4人家族
<お問い合わせ先>
中野たいせい後援会事務所
〒790-0932 松山市東石井町2丁目22-17 中道ビル南
電話番号089-904-2946 FAX089-916-4191