
余土公民館のまちづくりミーティングでのことです。
「ある程度学力がある子が行ける大学が愛媛大学の医学部以外にないので県外に出るしかなく、そのまま県外で就職してしまうから人材の流出につながっている」という付箋をいただきました。
これは進学の話にとどまらず、松山から人が減っていく理由のかなり大きな部分を占めている話だと思っていますし、地元に欲しい人材はやはり地元で育てるしかないのだと感じています。
学部は、要求する力が弱いと作れません
愛媛大学に建築学コースが出来た時、それまでは県内で建築を学べる場所が限られていました。
建築を学びたい学生が愛媛県外に出て行ってしまっていたものですから、私も大学と相当に相談を重ねて、学長さんのところへ直接お願いに行きました。
※これは私が独りでやった話ではなく、県からも相当な働きかけがあったところに、私が最後の後押しを申し上げたという形で関わらせて頂きました。

大学の学部や学科は、誰かが「この学部が欲しい!」と強く要求し続けなければ、なかなか簡単には出来上がらないものなのです。
県がデジタルの学部をつくったことで、これからデジタルを学んだ子たちが世に出てくるようになりました。
今はすでに、その子たちの就職先を松山の中に作っていく段階に入っています。
今治には「海事学コース」といって、船のことを学ぶコースがこの時代にできています。
このように地域にある産業とそれを学べる場所がつながっている事がとても大切で、学んだ子がそのまま地元で働いていく流れが生まれやすくなります。
道後のノウハウを、学びとして体系立てられないか

それでは松山はどうかと言うと、私たちには「道後温泉」という日本一を目指せる観光の資源があるのに、観光を体系的に学べる場所がこのまちには見当たりません・・・。
そこで余土会場では、「観光の学部が作れないだろうか?どうでしょうか?」と問題提起をしました。
かつて立教大学に観光学部が出来た時には、そんなものが何になるのかと言われたそうですが、そこで学んだ方々が今では日本全国の観光政策をリードしています。
道後温泉の皆さんは経営の感覚がものすごくあって、互いにしのぎを削っておられますから、そのノウハウを学びとして体系立てられないものかと思うのです。
観光を学びに来る子たちを受け入れることができれば、その学生たちはこの街の中で働き手にもなってくれますし、やがて世界に出ていったときに、道後で学んだよ、愛媛で学んだよと言ってくれるのではないでしょうか。
もちろん市が決めればできる話ではなく、大学や国と何度も話を重ねなければ動かないことですので、今の時点でお約束できることではありません。
それでも、我が街にこれが欲しいという声がまとまって上がってこなければ、学部も学科もできあがってはこないものなのです。
余土の皆様、このまちにどんな学びがあってほしいか、ぜひお声を中野たいせいにお寄せください。