粟井・堀江・北条の各まちづくりミーティングでは、どの会場でも必ず鹿島の話が出てきました。
北条港から400メートルほど沖に浮かぶ島で、渡船で渡れば鹿が歩いていて、神社も展望台も海水浴場もありますし、北条の方々に深く愛されている場所なのだと、あらためて感じたんです。

昔は「鹿島に来てよ」と言ってくれる人がいたのですが
鹿島が北条市だった時代には、鹿島をいっぱいPRして、鹿島に来てよと言ってくださる方がいました。
遠足で行った記憶をお持ちの方もたくさんいらっしゃると思います。
ところが松山市になってからは、道後もPRしなければいけない、他の観光地も売らなければいけない、という話になっていきました。
そのため鹿島の豊かな資源が活かされない状況が何年と続き、これを皆さんが歯がゆく、何とかして欲しいという声になってきました。
念のために申し添えたいのですが、私は決して道後を否定しているわけではないのです。
松山市が全体で売らなければいけないものが増えた時、では誰が鹿島を担当するのかという事が曖昧になってしまったのだと思います。
鹿島の記憶が途切れると、次の世代は知らないまま育ちます

私がいちばん心配しているのは、ここなんです。
遠足で鹿島に行った記憶がある方は大人になってからまた行きますし、自分の子どもを連れて行きますが、その記憶が途切れてしまうと、次の世代は鹿島を知らないまま育っていきます。
子どもの頃に来ていないと、馴染みがない場所には大きくなっても来ないんです。
何があるのか、渡船はどこから乗るのかなど、一度行った事がある方は分かりますが、知らない人は調べないといけないので、どうしてもハードルが高くなってしまいます。
これは観光の話のようでいて、実は世代をつなぐ話なのだと思っています。
風早火事まつりに行ってシビれました

市町村合併のときに権限と財源が移って、その結果として、鹿島をPRする人がいなくなってしまいました。
あの時はやっていたのに、どこへ行ったんだ。そう言う権利は北条の皆さんにこそあると思いますし、もっと声を上げていいと思っているんですよ。
実は私も今年ついに北条の夜のだんじりに行ったのですが、愛媛に帰ってから8年も経っているのに恥ずかしながら初めてで、行ってみて本当にシビれました!
一体走りもいつか一度は見てみたいと思っていますが、鹿島も祭りも、知っている人が伝えなければ途切れてしまいます。
それでも私が北条にこだわるのは、北条こそ松山がさらに良くなるための武器だと考えているからで、国や県の動きを待つのではなく市の側から先に手を打っていきたいと思っています。
鹿島のここをこうしてほしい、昔はこうだった、こんなことができるのではないか。そういう声を、どうぞお寄せください。