BLOG

活動報告

堀之内を、もう一度まちの真ん中に

突然ですが皆さん、かつて堀之内の中に競輪場があったことをご存じでしょうか。
今ではだだっ広い公園ですが私が子どもの頃には競輪場があって、市民プールもラグビー場も野球場も、がんセンターまで、まちの真ん中にギュッと集まっていたんです。

この堀之内については、まちづくりミーティングでの頻出テーマですし、私の重点政策のひとつでもありますので、ここで今一度ご説明いたします。

9月11日の政策発表会はここで行いました

どうしてまちの機能を分けたのでしょうか

昭和40年代~50年代にかけて、国土を広く使おうという考え方が広がり、松山でもその流れを受けてまちの機能を次々と外へ出し分散させていきました。
その考えは、人口がこれからどんどん増えていくという前提があったからで、当時の都市設計としてはそれはそれで正しい判断だったと思います。

ところがそこから60年ほど経った今、日本全国で人口が減るのが当たり前の時代に入りました。
ですので一度外に出した役割をもう一度まちの真ん中に集め、人が集まる拠点として整えていくほうがよいのでは?と考えています。

堀之内とJR松山駅を繋いで、松山のまちの中心をデザインし作っていこう。
そういう議論ができるタイミングが、いま来ているのだと思います。

「できない」と言われてきたけど本当?

「中野たいせいと走ろう会」を開いたこともあります

堀之内については、長いあいだ開発できないと言われ続けてきましたが、では何がネックになっているのか、私はそれを確かめるためにわざわざ霞が関まで足を運びました。
土地を持っているのは国で、城山は陸軍から大蔵省へ、その流れでいまは財務省が管理していますし、文化庁にも伺って発掘調査の扱いについて直接お話を聞いてきました。

ここで結論めいたことを申し上げるつもりはありませんが、少なくとも松山市の側が意志を持って動かなければ何も始まらない、ということはよく分かりました。

とは言えいきなりスタジアムやアリーナをつくるという議論までは行っていませんので、まずは簡単な屋外ステージを整えて、皆さんが自由に使える場所にしたいと考えています。
私も自分でイベントをやりますが、2日間のイベントでステージを組むだけでも大きなお金がかかってしまうんです。
毎回それを組んで壊してを繰り返すので、結局は協賛を集められる人しか使えない場所になってしまいます。

中心部だけではなく、市内各地域とつながるデザインを

和気踊りや一体走り、お接待の出張。そういった地区の行事を、まちの真ん中で堂々とやれるようにしたいんです。
それを見た方が、今度はその地区まで足を運んでくれるかもしれませんよね。

一方で桑原の会場では、中心部が整ってもそれが我が町にどう関係するのか、というお声もいただきました。
まったくそのとおりで、ここで生まれた動きを地域にどう回していくのかを、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

この堀之内の件は私の重点政策のひとつです。
ぜひ皆さんの声をこの政策に落とし込み、次の松山市を一緒に創っていきたいと考えています。

記事一覧へ戻る

SUPPORT

中野たいせいを応援する

応援の方法を見る
中野たいせいの各種公式SNS一覧ページはこちら