和気公民館のまちづくりミーティングで、「お接待文化を市の無形文化財へ出来ないだろうか?」という付箋をいただきました。
和気では地域の皆さんがお接待の文化を長く守り続けてこられています。
迎える側に立っておられる方から直接お話を伺って、これは語り継いで引き継いでいかなければならないものだと、あらためて思った次第です。

そもそも無形文化財とは?
文化財保護法には、形のあるものと形の無いものを守るための仕組みがあります。
ひとつが無形文化財で、演劇や音楽、工芸の技術など、人が身につけた技そのものを指します。
もうひとつが無形民俗文化財で、こちらは衣食住や生業・信仰・年中行事など、地域の人々が代々受け継いできた暮らしのならわしが対象になります。
お接待はまさにこちらに当たる可能性がありますね。
指定を受けると、記録を残したり、保存と継承の取り組みを支える対象になったりします。
そして何より、この地域が長く大切にしてきたものに、外から見てはっきりと分かる名前が立ちます。
四国遍路はすでに日本遺産に認定されていますので、その道を歩く方々を迎える側の文化についても、同じように形にしてもらいたい、その気持ちが今回のご意見に出てきたものだと感じました。
とても手厚く迎える和気のお接待文化

今年の夏も暑かったのでお遍路さんも多くありませんでしたが、春先には外国の方も、北海道から沖縄までの日本の方も来られて、その一人ひとりをきちんとお迎えしておられます。
八十八か所をすべて回ってこられたお遍路さんが、「これだけのお接待をしてくれて感激しました」と仰ってくださった、というお話も伺いました。
どんなにお遍路の道があってもお寺が建っていても、地域の皆さんが手をかけてつないでくださらなければこの文化は続きませんから、この街の一番の財産は皆さんそのものだと思うのです。
荏原にはお遍路の一番はじまりとされる衛門三郎の言い伝えが残っていますし、道後には石手寺があり、河野地区にもゆかりの場所がいくつもあります。
松山のお遍路は、八十八か所をめぐる道の途中にあるというだけではなく、その物語が始まった場所でもあるのです。
私はスペインの聖地巡礼の道まで足を運んだことがあるのですが、巡礼の道は世界中から人を集めていて、その土地の暮らしを支える柱にまでなっています。
この場で即答はできませんが、出来ることを探し検討します

無形文化財や無形民俗文化財にできるかどうかについて、私はこの場ですぐに即答することができませんでした。
とは言え、どういう制度で何がそろえば認められるものなのかを調べ、できることを前向きに検討していきたいと考えています。
お接待はお遍路さんのためだけのものではなく、見ず知らずの人をまず迎え入れるという、この地域のいわば「構え」そのものだと私は思っています。
松山にどんな方に来ていただきたいかを考えるとき、いちばんの土台になるのはこの構えではないでしょうか。
このお接待の文化をどう残していきたいか、ぜひお声を中野たいせいにお寄せください。